2007年1月27日 (土)

「秋川雅史」の「千の風になって」に”あっぱれ”

昨年暮れの、紅白歌合戦に出場した、テノール歌手「秋川雅史」。
名前は、まだ売れてないが、「千の風になって」の曲は売れてるらしい。
街を歩いていても、最近この歌を良く耳にする。
所謂、流行の歌とは曲調が違えば、歌い方も違う。
だけど、とても印象的に残った曲だ。
知らないうちに、口づさんでいる。
心温まる歌声だ。
”あっぱれ”と言いたい。

Oisix(おいしっくす)/Okasix(おかしっくす)

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2006年4月12日 (水)

日本人が失いかけているもの

日本人が失いかけているもの、それは何であろう。
最近、新聞を見ていると、なかなか良い特集を組んでいる事に気付く。
財界・文化界等の、トップリーダー達の日本人観を、「日本経済新聞」が、インタビュー形式で、載せている。
今回は、4月6日に掲載された、文化庁長官のインタビューから、興味深い部分を抜粋して議論したいと思う。

現在の文化庁長官は「河合 隼雄」氏。
経歴は、京都大学教授、国際日本文化研究センター所長を経て、2002年1月に文化庁長官に就任。
臨床心理学者、心理療法家。現在77歳。

そのインタビューに「日本は、「欧米に追いつき追い越せ」と一心不乱に先進国入りを目指してきた。その間に江戸時代にあったはずのユーモア精神が失われてしまった。もう十分に追いついたのだからユーモア精神を少しは取り戻し、心豊かな暮らし方を考えなければいけない。」
「このままでは、日本の悪いところと個人主義の悪いところだけになって、日本は失敗するんではないか。」
と述べている。
このインタビューで出てくる、「ユーモア精神が失われてしまった」「個人主義の悪いところ」の二つのフレーズに着目してみたい。
先ずは、「ユーモア精神が失われてしまった」
これは、物資が豊かになった割には、心の進化がついて行っておらず、心の「遊び」の部分がなくなってしまったという解釈をしても良いであろう。
もともと、日本は物が無くても、心は豊かな生活ができていた。
貧乏であっても、心は錦。
家長を筆頭とした、「家族」という小社会制度がしっかりしていたから、子供は親に従順であり、親は子供から見ると絶対な存在であった。
今では、物資が豊かになりすぎ、欧米を真似しすぎたせいで、「日本的家族制度」が崩れてしまって、大人になりきれていない、「親」がたくさん生まれてしまった。
大人が子供を叱れなくなってしまった。
それにより、親から子へ、伝承すべき重要な事が出来なくなってしまってきている。
成る程、これでは、「ユーモア精神」も伝承できなくなってしまうというもの、頷ける。

次に、「個人主義の悪いところ」とは、どういう事だろう?
キリスト教文化圏から入ってきた主義で、「倫理観」を持っていないと「個人主義=利己主義」に陥ってしまう、危険な原理主義である。
このことは、藤原正彦氏が書いた、「国家の品格
icon」という本にも述べられている。
機会があったら、一度読んでいただきたい。
つまり、簡単に表すと、利己主義になり、自分本位のことしか考えられなくなり、行動や主張もすべて自分本位でないと納得できなくなってしまうことである。
この点について、身の回りの人物や、事象を思い出してもらいたい。
必ず、思い当たる人物や、事象があるはずである。
特に、近年になれば成る程、思い当たる人物や事象が多くなっているのではないでしょうか。
私の職場でも、利己主義的な発言をする顧客が、日に日に多くなってきている。
すべて、自分にとって都合の悪い事は、人の所為にしたがる人物が増えてきているのだ。
また、理屈さえ通っている事をいえば、自分は正論を発言しているんだと、堂々としている人物も増えてきている。
その理屈のスタートが、間違っている倫理観であったら、チャンチャラおかしい理詰めになる。
このように、既に個人主義の悪いところは、日本にはびこってしまっていることは、否定できないであろう。

では、どうすればいいのか。
心の教育、倫理観の教育を、一からやり直す他ないであろう。
企業、官公庁、文部科学省が、そのようなシステムを、自発的に作って、人の教育を行うしか無いと思う。
受験勉強をして、少しでも偏差値の高い学校に行かせる事だけが、勉強ではない。
「勉強」という意味を、もっと広く解釈してほしいし、使ってほしい。

今日本人に必要なのは、「豊かな品格」である。

Oisix(おいしっくす)/Okasix(おかしっくす)

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